目上と目下、そして自分。

今日は1日、心配事相談とご祈祷で終わりました。
相変わらず浦佐には雨が降らず、人に聞いたところによると、昨日、隣町などではバケツをひっくり返したような雨が降ったとのことです。どうも雨が一滴もないのは浦佐周辺だけのようですね。

さて、今年は春から子供の不登校などの相談が例年以上に多くなっているように感じます。

相談に「親」が来た時、対象となる子供は「目下」となります。その時、先ず私が見るところはその親から見た「目上」への対応の仕方です。
物事に問題が起きるときは、必ずどこかでバランスを崩しているはずで、ひとつの問題を真ん中において右と左、上と下などと、両極から考える視点を第一としなさい・・・と老僧から教えていただきました。

ただ、それはあくまで基本のスタンスであるだけで、実際はそこを起点にさまざまな方向から問題を考えていきます。

「目上」とは、近くは親の両親、遠くはご先祖、あの世への考え方になります。

先日、NHKで東京都の「樹林墓地」への多くの問い合わせ、申し込みが殺到しているとの番組がありました。
費用も安価で、内容を聞くと人気がでるのも無理はないだろうなぁ、と感じました。

田舎の浦佐でもお墓の継承や墓地の在り方については色々な問題が発生してきており、社会のニーズにあった墓地を提供するのはお寺としても大切な役目だと思っています。しかし、ニュースを見ていて、私の立場からすると何かが足りないような、物足りなさを感じました。

そこに人とのコミュニケーションや、宗教というものに触れる、話を聞く、する、といったような「人との関わり」がほとんど感じられなかったのです。「目上」を偲び、思う場所には必ず「学び」がセットになっていないといけない、という先人達の教えがあります。そこから学ぶことで「対人関係」を築くことができるという教えです。対人関係が築けない人は必ず孤立し、やがて心の病を引き起こします。

お墓事情を考えると都市部の樹林墓地などは確かに必要だと思いますが、費用の問題だけでなく、そこに「宗教」や「学び」がセットになっていなければ、子供達の問題、大人でも抱える心の問題は今後も増え続けるのではないかと感じた番組でした。

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