春がやってくる!

3月3日(浦佐ではサンゲツミッカと呼びます)、浦佐毘沙門堂の裸押合大祭も終わりました。
寺院の控え室から、1枚パチリ!昼間の福餅などを撒いている様子です。

朝からお天気がイマイチでしたが、午後からは徐々に晴れ間も出始め、夜の部にはお月様が顔を出し、絶好の条件になりました。

私達、寺院方は朝から16時頃まで、5回の御護摩法要を行い、御導師様と一緒に祈願を上げさせていただきます。

その後、私は残り、夜の部で福物の撒与を行う方々のお祓いを3回に分けておこなうのが例年のお勤めになっています。

同じく、夜の控え室からパチリ。
大ローソクに灯がともされ、写真右の上には弓張りを撒く方々が登り、大ローソクの付近から毘沙門堂内にて福物を撒く方々が人馬に乗って出てくるのです。ローソクに守られながら、男衆が押し合い、もみくちゃになっているお堂の中に入り、上に立って毘沙門様になりかわって福物を撒くのです。

実際の福物は取り合うと壊れてしまうので、名入りの木札を撒いて、それをあとから本部で交換してもらいます。
大の男達が取りあう様は近くで見ると迫力がありますよ~!

私は3回目のお祓いが終わると着替えをして、古山門の片付け作業などに入ります。
お堂内では最後の「ささらすり」が終わった後も、余韻を楽しむかのように男衆が押し合いを続けています。

千手院がお守りしている古山門内。
手前の塗りの箱の中には聖徳太子様、白山大権現様、養蚕尊様の版木から刷られた御姿が入っています。

その奥には「精進供」というお供物の飾り方です。
このお供えの仕方は、千手院が属する真言宗豊山派では行っておらず、高野山でのお供えの仕方であります。

多少の違いはあれど、この飾り方が今も浦佐に伝えられていること、またお盆の盆灯籠などのことを考えても、やはり高野山との関わりが相当に深かったであろうと推察できます。

何度もブログに書かせていただいた、関栄覚大僧正の前後が特に結びつきがあったのだと思われます。

幕末から明治にかけて、浦佐からは本当に歴史に名を残す名僧がでております。
知れば知るほど、すごい人たちがいたのだなぁ~と頭が下がりますし、裸押合大祭の全盛を作り上げたのは、これらの名僧方の力が相当に大きかったに違いありません。今度機会を見つけて、その一端を綴りたいと思っています。

話は戻り、この精進供の後ろに本当は聖徳太子像が祀られているのですが、今年は修復中につき、残念ながらお姿を拝むことはできませんでした。

3月3日が終わると毘沙門堂は閉じられ、7日のお日待という行事まで開けられません。1年間でこの期間だけお堂が閉じられます。
今年は4日、5日が土日だったので、私が古山門の片付け作業をしていると、かなり多くの人たちがお参りに来られ、どこをお参りできるのかと質問をされました。

お堂前には賽銭箱が置いてあるだけなので、確かに初めての人は分からないですね。何回かお祭りに来ている人たちも「初めて知った」なんて人もいましたから、私が言うのもまたおかしな話ですが、簡単な案内板があるといいですね。

なんて言っている間に、明日はもうお日待です!

お祭りが終わり、一気に春らしくなってきました。
境内の雪がとけた片隅から、今年初めてフキノトウを発見。この香り・・・最高ですね。

よく洗い、刻んで自家製味噌にあえ、炊きたてのコシヒカリにのせていただく・・・本当にシンプルなやり方ですが、やはり天然のものは味も香りも格別です。

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