• 立派な旅立ちでした・・・

    上から目線のような感じですが、誤解のないようにお願いいたします。

    ご縁をいただき、若輩者の住職が導師を勤め、大切な檀家さんのご葬儀がありました。

    コロナ以来、千手院の葬儀も相当簡略化を進めましたが、古来より今まで執り行ってきた作法と読経は何一つ欠かすことなく、事前にご本尊様の御前で厳修をし、最後の読経のみを皆様の前にて執り行う形式をとらせていただいております。

    昨日までの吹雪も、読経が始まる頃には青空が見え始め、献身な介護を勤められたご家族と、大勢の方達の暖かい見送りをいただいての旅立ちでした。

    愛する家族の支えを得て、愛する自宅にて眼を閉じて、愛する家から出棺できる・・・しかも冬には晴れの日が滅多にない雪国で、お日様に照らされて旅立てる・・・こんな幸せなことがあるでしょうか?

    いつも思います。最後の有りようは本人が選ぶことはできない。これぞ故人の生き様そのもの、どんなに綺麗事を並べても誤魔化せない、神仏が観ていることを実感する瞬間です。お金持ちだろうが、名誉があろうが、社会的な実績など関係ないのです。自身に与えられたご縁を全うした人こそ、こういう旅立ちができるのだろうといつも学ばせられます。本当に立派な生涯だったであろうと敬意を表します。

    7日の門前地区の御日待・星祭祈祷と皮切りに個別のご祈祷を厳修しております。

    御年始で歳神様をお迎えいただき、4、5日の寺年始で千手院よりスサノオノミコト様を各お宅までお連れをして、6日はご祈祷準備。7日から各家、個別のご祈祷を進めるのが千手院の伝統です。

    もちろん、元旦には国家安穏、五穀豊穣、檀信徒の安全など、大きなご祈願は厳修いたします。

    ここからは「個別」のご祈祷が1月一杯進みます。

    今朝の本堂前。

    明日の夜からは再び大雪予報です。ちょうど良い加減でお願いしたいものです(^_^;)

  • 寺年始 ~病災厄を払う~

    昨日、4日は浦佐地区、今日は五箇地区の寺年始という伝統行事が行われました。

    毎年、普光寺様と一緒に執り行っています。

    元旦から3日にかけて御年始となり、千手院や白山神社まで家長が歳神様をお迎えにあがり、それぞれご自宅までお連れします。

    そして御年始で歳神様をお迎えに来られたお宅には、千手院の側からスサノオノミコト様をさらにお連れします。それが寺年始で配られる「蘇民将来子孫門戸也」という御札です。

    お寺なのに神様?と思われるでしょう。

    この行事が続けられていることが何よりの証拠です。神仏は長い日本の歴史の中で一緒だったということを。よく書きますが、大抵のお寺には必ず神棚があります。しかし神社には仏壇はありません。神宮寺という名前のお寺もあるほどです。神様と仏様を明確に分けるようになったのは明治政府の神仏分離令からです。

    スサノオノミコト様をお連れするのが千手院の寺年始です。

    お寺の者が「ものもう!千手院年頭!」と大きな声で玄関に入り、玄関に用意されているお盆に神様の御札を乗せます。家の者が「どうれ!」と出てきて神様をお受けし、千手院から出向いた住職と挨拶を交わすのが一連の流れです。

    神様が来られるのですから、お盆も各家の最高級のものに、正月飾りの松に昆布、豆からなどを乗せて神聖にお迎えをいたします。随分と数が少なくなりましたが、「神様がこられる」という事を理解しているお宅はそのようにお出迎えをしてくださいます。中には寒かろうと、玄関先にストーブをつけて暖かく出迎えてくださる方もいらっしゃいます。

    また、現在は防犯問題もあり、玄関に鍵をかけているお宅もありますが、その場合はチャイムは鳴らしません。毎年4日5日は神様が来られる日ということで、ご理解いただけると幸いです。

    千手院からの御札は1年間の特に病気、疫病除けとしてのものです。今でも伊勢志摩地方では多く祀られています。各家の皆様が健康で1年を過ごせますよう念じてお配りさせていただきました。

    そして今日の五箇地区の寺年始が終わると、少し早いようですが、その日のうちにお堂のしめ飾りを全部外します。以前は門前地区で5日の夕方には塞の神を行い、スルメを焼いて、神棚からお下げをした御神酒を一緒にいただきました。今では地区合同などの塞の神などが後日行われるため、5日にしめ飾りを下げるお宅はほとんどないように思われます。

    今年も無事に寺年始を終えることができました。1年間、神仏のご加護がありますよう!!!

  • 新年明けましておめでとうございます!

    遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。

    本年も宜しくお願い申し上げます。

    見栄えのしないブログで、更新もちぐはぐですが、たまに覗いてあげてください。

    令和8年、丙午(ひのえうま)歳となります。

    所感はおてら通信にて大まかに書きましたが、お天気でも、政治経済でも、例年並みとか、平均とか、そのような感じではないと思います。

    このところのAIやユーチューブなど情報が溢れていますが、本当の情報を見分けられる感度を持つかがとても大切になるように思いますし、自分自身も正しく判断できるようにと言い聞かせています。

    昨年の流行語のリストに「オールドメディア」というのが、ほとんど出てきませんでした。かなりブレイクした言葉でしたが、そのかけらも報道されないというのは、つまり「そういうこと」なのでしょう。

    きちんとした情報をオールドメディアからでも、ネットでも、自分自身が正しく見分ける意識、匂いをかぎ取る嗅覚を鋭くしたいと思います。

    そうしないとお寺に相談に来られる方の内容にきちんと対処できないからです。

    私は住職として常に黒子でいたいと思っています。

    裏側にいて、縁の下の力持ちとなり、人の見えないところで役に立つ、いない訳ではなくて影の存在として確かに存在し、誰かの支えになる・・・それが理想像です。私の尊敬する歴史上の僧侶は皆そのような立ち位置をとってきました。ですから派手で、晴れの場に登場するような僧侶はあまり好みません。そしてそのような僧侶が長く続いていることもありません。

    「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」住職がダメだと、法衣も、寺族も、お経も、そしてお寺そのものも何もかも憎くなるのです。その通りだと思います。千手院が憎まれることのないよう、住職の私がしっかりと歩みたいと思います。

    どうぞ本年もご指導、ご鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げます。

  • 令和7年はどんな年でしたか?

    12月はほとんどブログを書くことができませんでした。

    気がつけば今年も残すところ明日のみとなりました。

    皆さんはどんな1年を過ごされたでしょうか?良いこと、悪いこと、心配なこと、ドキドキワクワクなこと、いろんなことがあったことだと思います。

    千手院では段野の墓地通路の増設工事が大きな事業となりました。古山門の愛染明王様の修復も遅れ、年内には完了することができませんでした。

    あとは日々の法務、境内や墓地を維持することで精一杯だったかな・・・と思います。

    また皆さんと四国遍路や本山参り、高野山参拝などをしたいといつも思っているのですが、思っているだけで実行のない1年でした。

    個人的には春から五十肩、腰痛が出てしまい、結局今も治らないまま年を越しそうです。数年前から自分でも姿勢の悪さを感じ、筋肉の衰えを自覚していたましたが、やはり痛みがあると辛いですね~。来年になって治まるかどうか・・・(^_^;)

    今年もトランプさん、高市総理大臣、地震や事故など色々な話題がありました。住職を勤め、お世話になったたくさんの檀家さんとのお別れもありましたが、1番気になるのは子供達の不登校や発達障害等、子供達の問題でした。年々増加傾向です。更正施設にも出向くことがありますが、常に考えさせられます。人を残すことが何よりの財産、宝です。その子供達がこのような状況であることに心底心配をさせられ、住職としてできることは何かあるのか?自問自答の毎日です。

    そんな日々でしたが、畑で野菜を育てたり、山に入り山菜を採ったり間伐したり、山道整備をしたり、焚き火や薪を割ったり、温泉に入ったり、収穫した野菜、山菜で般若湯をいただいたり、そんな時間が本当に幸せに感じます。

    今までブログに書いたことはありませんが、学生時代から大晦日の就寝前に必ず松任谷由実さんの「A HAPPY NEW YEAR」を聞いてから眠るのが私のルーティンです。

    少し早いですが、来年もたくさん良いことがあなにあるように、今年のブログを締めくくりたいと思います。ほんのつたないブログにお付き合いいただき、感謝申し上げます!!!

  • あの眼の輝きはなんだろう

    12月に入りお正月準備に追われていますが、今日はお葬式がありました。

    今日だけ晴れ間が広がりました。

    勝手ながら、天寿を全うしたと言って良いのではないかと思える、大往生でした。

    いつも不思議に思うことがあります。

    大正から昭和前半くらいまでの方々には、本当に綺麗な眼をしている人が多いと感じています。

    眼が大きい小さい、切れ長、ぱっちり、関係ありません。眼の奥が透き通り、眼力があり、正直で、清楚で、なんとも言えない凄みさえ感じるのです。

    その訳は分かりませんが、何故だろうといつも考えさせられます。

    そのような世代の人達は随分と少なくなりましたが、ご縁をいただき、私のような者が導師を仰せつかり、御霊の前でお勤めをさせていただくことに心から感謝しています。

    恥ずかしくないお勤めができたかどうかは、はなはだ疑問ですが、今できる精一杯のことをさせていただきました。

    人を残すことが最大の財産です。

    子供や孫、ひ孫さんまで、大勢の立派なご子息が育ち、広がり、最後の日を自宅でとげられ、今日のような晴れの日に旅立たれました。これぞ故人の生き様です。このような方を見るといつも思います。私もこのようにして逝きたいものだと・・・。

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