お年始!
平成最後のお年始を迎えました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
今日は1日雪だるまマークの天気予報でしたが、午前中からお日様が顔をのぞかせ、落ち着いた、穏やかな元日となりました。ちょうどお年始が一段落した夕方からポツポツと雨が降り出して、タイミングが本当に良かったです。
お寺にお年始に来ていただいて、新年の挨拶を交わし、歳神様、本尊様より各お宅へお年玉をいただいていくお年始行事です。
千手院では本堂に入り、左手の障子を開けるとお年始の間になっております。普段は別のお部屋ですが、年始用にしつらえます。
その年によって多少異なりますが、だいたいこのような感じです。
今年は床の間に地元魚沼の日本画家、故・宮里静輝画伯の松と日の出、その前に住職が座り、挨拶を交わし、些少ですが来寺された方に御神酒をお出しします。向かって右の金屏風前に蓬莱山飾り、左にはお花を生けたり、他のものをお飾りしたりします。
蓬莱山飾りは毎年住職の仕事になります。杉を使ったり、大王松を使っております。今年は大王松です。
他は豆がら、竹、炭、梅、お米、ミカン、そして昆布などを使います。
左には桜の花・・・、遠くでお暮らしになっており、なかなか浦佐に帰ってこれないが、お供えしてくださいと送ってくださった桜です。
何輪か花を咲かせ始め、お年始の間をお正月らしく彩ってくれました。ご本尊様もご先祖様もさぞ喜んでくれていることでしょう。
あまり説明したことはないのですが、千手院には輪島塗のお盆やお椀などがたくさん残されております。
写真の大きな丸盆は幕末の住職、賢薀和尚の代のものでお年始やお盆の際には包み物を載せるお盆としてずっと使用おります。杯だけは違いますが、他の塗り物もほとんどが本物の輪島塗です。
この賢薀和尚の代に、相当の数の輪島塗が什物として購入されております。今もそれを使ってお年始にこられる方々をお迎えしております。
そんな輪島から先代住職はこのお寺に来たのですから、これも何かのご縁なのでしょうか。
賢薀和尚は長岡藩士族から出家をされた方、そして幕末から明治にかけて、毘沙門堂や千手院の住職、それを取り巻くお坊さん方には素晴らしい名僧が多くいらっしゃいました。私は個人的には、この時代が浦佐毘沙門堂の基礎を盤石にして全盛を迎えた時であったであろうと思っています。
「最後はその人による」そんな先代、先人達の言葉を胸に、そのような人に近づけるよう今年も頑張っていきたいと思います。
新年最初のブログですので、ちょっとお堅いですが、真面目なスタートです。