長年、春になると信者さんが境内のお地蔵様の頭巾などを奉納してくださいます。全部手縫いで、今このように縫い仕事を出来る人は稀になりました。

今日は三十三回忌のご法事がありました。

季節の変わり目、ご葬儀やご法事が続いています。檀家さんではないですが、先々代の住職の時から毎年お参りにきてくださり、その方のひ孫さんまでもが今も来寺してくださる、110歳を迎えられた信者さんもこの4月に四十九日を迎えました。大往生ですが、それでもご遺族は「もっと何かしてあげられたのでないか」と涙したり、なんていうご家族だろうと頭が下がります。

また、突然の旅立ちとなってしまったが、最後にはしっかりとお子さんが見送りに来られた方々に挨拶を行ったご葬儀もありました。きっと「後は任せたぞ。頼むぞ」と言って旅立たれたと思います。穏やかな故人を想わせる春の日でした。

そして今日の三十三回忌・・・、前にブログでも書きましたが、10年ほど前は誰もができていた三十三回忌、この期間の間に随分と意識の格差がでてきたように思います。三代、四代前までをさかのぼると、たいてい自分と似たような先祖がどこかにいるものです。ちょうどその頃の話を聞ける最後のチャンスが三十三回忌。親戚やご近所、お世話になった人が集まれる最後の機会です。

コロナになってからはご近所はほとんど招かなくなりました。親戚も声をかけず、家族だけ、家族の中でも若手や孫は参列せず・・・、そんな光景が増えてきました。それも時代の流れなのかな・・・

しかし、人間は忘れてしまう存在。忘れてしまった頃になにかやってくるのです。忘れてしまわないように、どこかでその記憶がとどまるように、ご法事にはその意味合いも大いにあると現場に立ち続けて実感しています。

今日の三十三回忌には故人のひ孫さんの姿もありました。とても有難いことです。今日の事を覚えているかどうかも分からないような年齢ですが、きっと身体のどこかに記憶されます。そしてそんな記憶があるところに故人のメッセージが届く時が来ます。平坦な時ばかりではない、そんな時に、人に出会う、本に出会う、他人の話の中にピンと感じるものに出会う、風の流れを感じる時が来ると思います。

だから先人達は何百年もご供養を大切にしてきたのだろうなぁ・・・と、今年は特に悲しい別れもあったので、しみじみ感じています。

今日の法要を病気にむち打って、這いつくばるような気持ちで、執り行ってくださったお施主さまに心から敬意を表します。故人はさぞ喜んでくださっているでしょう。そして、そんな思いは御利益として、世代をまたいで必ず受け継がれます。

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