スタート。

いよいよ2月に入りました。
今日から今年の心配事相談を再開させていただき、1日相談事の対応で終わりました。

また、おかげさまで住職が本日退院して戻って参りました。
まだ本調子に戻るには時間がかかるかと思いますが、今後ともよろしくお願い申し上げます。

昨日、今日と快晴!今朝は随分冷え込み、毘沙門堂境内の大ケヤキも朝は白くお化粧をしてくれました。
これだけ冷え込んでも本尊様のお茶は凍らず・・・今年はまだ凍る日が1日もないね~、と話をしていたら、先般の冬将軍が到来した時に1回凍ったそうです。たまたまその日は私ではなく、家族が本尊様にお茶をあげたので全然分かりませんでした。

白いお化粧をアップして見ると本当に綺麗です。

昨日は快晴でしたので、雪も随分と緩み、毘沙門堂境内の古山門に再び雪掘りに行きました。

現在の毘沙門堂境内で一番古い建造物になる古山門(太子堂)です。江戸初期の建物です。
現在の山門が建立される際、文政年間に今の位置に移され、今に至っています。長年の風雪、雨漏り等で中に祀られる仏像の損傷もかなりひどく、千手院でその護持に努めていますが、なかなか細部まで行き届きません。先代の賢能和尚の時には何度も屋根を修復しました。

ここ10年ほどでは中に祀られる養蚕尊の全解体修復、画像に見える聖徳太子の額、奥に見える金剛力士と書かれた額の修復にとどまっています。修復も後世に伝えていける確かな技術で修復しなければいけないため、かなりの費用がかかってしまいます。痛み具合にもよりますが、一体何百万円という単位です。

私が順調にいけば、坊さんとして働けるのはあと30年程度だと考えています。
その間に、あと100年、150年後を見据えたお寺の護持、修復に努めていきたいと思っていますが、その中の大きな課題がこの古山門の修復です。古山門というくらいですから、本来はこの建物は開いていて、向こう側が見えていないといけません。ここを閉じてはいけないと考えています。何とか私が生きている間に、本来の山門の姿に戻したいと思っています。

そして現在、聖徳太子と白山様の御神像、養蚕尊、愛染明王、大黒天が祀られています。
皆、相当な痛みが生じていますが、何とか修復して後世に伝えていくことが私に与えられたお役目のひとつだと感じています。生涯のうちに何とか達成したい!!!

聖徳太子です。右手部分も欠落、お厨子も相当痛んでいます。

白山様御神像です。こちらも剥落や虫食いがひどいのです。
こちらは天保年間に修復記録が千手院に残っています。

愛染明王です。こちらも剥落、欠落等、ひどい状態です。
安政年間に厨子が新造、仏像の彩色記録が千手院に残っています。

歴史を持った仏様の前に立つと、とても心が落ち着き、それに携わった多くの方達のドラマを感じずにはいられません。それに何故か自分自身が楽しい気持ちにさせられるのです。
千手院副住職としての大きな使命だと思って、長期の視点を持って取り組みたいと思っております。

そして昨日はこんな作業もありました。

本堂のグシにたまり、凍り付いて落ちなくなった雪を業者さんにお願いして除雪してもらいました。
下から見ると大した雪ではないように思えますが、上にいくと結構な雪の量と重さがあるのです。本堂は建物が古いのであまりに放っておくと大切な屋根を壊されてしまい、それこそ大きな損害になってしまいます。

しかし、お日様の恵みをあたらめて感じます。

荘厳な越後三山。

八海山の八ツ峰。

越後駒ヶ岳。

こういう光景を見ると、雪国に生まれて良かったな~と、つくづく実感します。

今日はちょっと長くなってしまいました。それではお休みなさい。

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